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養豚における動物福祉

  • プロローグ:米国の食肉処理場の変化

  • 米国養豚界の失敗

  • 福祉考慮のスーパーマーケットとレストランの新潮流

  • 誰が養豚の福祉問題を推し進めているのか

  • 養豚の福祉問題における日本の弱点

  • 英国養豚の凋落

  • 5つの自由、five freedomsと養豚での問題点

  • 動物福祉評価度:5ドメインの提案

  • 養豚で何が問題なのか

  • 動物福祉をめぐるさまざまな哲学的観点と意見

プロローグ:米国の食肉処理場の変化

 2010年、米国ミネソタ大学に短期所属していた著者は、米国ミネソタ州オースティン市にある大型の屠畜食肉処理場を見学をさせてもらいました。ホーメルフーズ(https://www.hormelfoods.com)という米国有数の食品会社の食肉部門です。日本だとスパムという缶詰肉の商品が有名です。1日に豚を19000頭を処理するという大型処理場です。神奈川県厚木市にある神奈川食肉センターは1999年設立で最新式設備をもつ日本有数の処理場で、1日3000頭の処理ですから、この米国の処理場は6倍以上の処理をしています。

 さてその処理のために月から金曜まで稼働し土曜日も時々稼働しているそうです。従業員は1200人で2交代で16時間稼働をしていると聞きました。あとの8時間は何をしているのか?と聞くと「掃除をしている」と係の人は答えました。法律で決まっていて屠畜前後に獣医師が検査をする必要があるのですが、米国農務省所属の獣医師も2交代と聞きました。日本だと獣医師の2交代は困難です。なぜそんなことができるのか?と聞くと、係の人は「国際競争力」とこともなげに言いました。

ここでの大きな変化は動物福祉対応です。

まず豚を農場から食肉処理場に運搬するトラックの運転手は、TQA(Transportation Quality Assurance)という教育を受けているのです 。 (https://lms.pork.org/Tools/View/tqa/)詳細はサブセクションで実践福祉で説明しています。

 さらに到着すると、運転手は福祉上で決められた法令を遵守していますという書類にサインします。そして豚を降ろすのですが、この時に重要なのは、動物の行動を利用して静かに豚を動かし降ろすことです。そのための道具が各種あります。例えば、長い棒の先にヒラヒラの旗がついた棒を使います。これを目の前でヒラヒラさせると豚は嫌がって違う方向に移動します。さらに係留所は縦長の大きい教室のようで、動く押し板があり、押し板はゆっくりと豚を処理する所まで誘導します。そのため食肉処理場は非常に静かでした。

 そして押し板の先には、Temple Grandin博士設計のふくらみカーブをもつペン(Round Crowd Pen)があります。この特殊ペンは豚がスムーズに前に進める不思議なペンです。豚は直線的に進むのを嫌がるのですが、このペンの発明によって、豚はスムーズに前に進むようになりました。そしてこのペンの応用は、農場でもありまして、豚の移動の際に使用されています。

Grandinの移動カーブ
豚の移動がスムーズ

エピソード・Temple Grandin博士

 1947年生まれ。Grandin博士は幼いころから何か脳に障害をもっていると思われていました。中学時代にあだ名「テープレコーダー(同じ言葉を繰り返す)」とからかわれ傷ついたそうです。成人として自閉症であることを告白した初めての米国人と言われています。1970年に心理学で学士、1975年にアニマルサイエンスの修士、1989年イリノイ大学で博士号を取得しました。42才で博士になったということですから遅咲きです。

 畜産界への大きな貢献は2つあります。1つは肉牛用Hug Box (締め付け器)といい、ワクチンや治療する時、牛を保定するのにつかわれています。もう一つが上記で示したふくらみカーブをもつペンを含む屠畜食肉処理場のデザインです。どちらも農場や食肉処理場で広く使用されています。彼女は特許をとっていません。もし特許を取っていたら彼女は億万長者になっていたと思われます。しかし彼女は自由使用で、多くの施設で多くの動物に使用されることを選びました。彼女は言います。「講演会に招待されて講演料をもらえる」「技術書が売れる」しかし、どれもそれほどお金が儲かるわけではありません。大学の研究者として立派な態度だと思います。以下の彼女の有名な言葉です。

“I think using animals for food is an ethical thing to do, but we've got to do it right. We've got to give those animals a decent life, and we've got to give them a painless death. We owe the animals respect.” 「食料として動物を使うことは、倫理的なことです。しかし正しく行わなければなりません。動物に適切な生を与え、そして苦痛のない死を与えるべきです。動物を尊敬すべきです」

米国養豚界の失敗

 上記エピローグで述べたように、米国の動物福祉は改善されていると思うのですが、著者の2010年の米国滞在では、米国のいたるところで養豚産業界への批判が見られました。この米国養豚界の失敗は、現状を消費者に理解してもらう、消費者への働きかけが弱かったのです。

 2010年、多くの米国人から、「工場農場Factory farm」という言葉で、米国の大規模農場での生産の批判を聞きました。1990年代に著者がミネソタ大学にいた時とは、養豚をとりまく周囲の眼が完全に違っていたのです。養豚界も大きく変化していました。1990年から2010年の20年間で、米国の養豚界は、家族経営の小規模農場から、大農場中心に移行していたのです。例をあげると、米国大型農場トップ25農場で米国の50%の生産をするようなっていたのです。大農場というより巨大農場です。穀物栽培でもみられる米国の大規模農法が養豚でも用いられていたのです。

 米国の一番大きな会社は、日本1国の母豚頭数より多くの母豚を保有しています。さらにメキシコ、カナダ、中国などで生産する多国籍企業でもあります。さらに最大手であったSmithfield Foods社は2013年に中国の企業に買い取られました。日本でいう養豚農家や企業養豚とはスケールが違います。そして米国の巨大養豚は福祉問題で批判されてきました。

 巨大農場にすることで、群健康管理が進み、生産性があがって国際競争力が高まるというメリットはあるのですが、そこに消費者からみると動物の福祉が犠牲にされていると映るのです。そして、以下のように新しいスタイルの肉製品が出てきていました。

福祉考慮のスーパーマーケットとレストランで新潮流

 米国人が自分の州にあってほしいと思うスーパーマーケットが、「Whole Foods Market」です。「Whole Foods Market」はオーガニック食品の専門スーパーで、1978年に米国テキサス州で誕生し、現在米国と英国で500店以上を展開しています。なお2017年にamazonに買収されました。(https://www.wholefoodsmarket.com/company-info

 中流以上かつ若い人を顧客にしているようです。値段は普通のスーパーの2倍以上します。そして私が調査した時、ここの肉売り場では以下の豚肉のみが販売されていました(2013年時)。

  1. 抗生物質を一切使用せず

  2. ホルモン使用せず

  3. 植物の飼料のみで育てられている

  4. ファミリーファームで育てられている

  5. 妊娠期に個室ストールや分娩期に個室クレートで動きを制限されていない

 1から3で食の安全と安心を、4と5で福祉考慮を掲げているのです。2017年になんとamazonに買収されました。

 もう一つの新しい流れがレストラン「Chipotle」です。1993年に米国デンバー市に誕生し欧米で1800店舗以上を展開しています。メキシコ料理のタコスを中心としたグルメ系ファストフードです。オーガニックの原料と動物福祉を考慮され生産された食肉にこだわっています。若者を中心に強い人気があります。以下の会社としての価値観を発表しています。https://www.chipotle.com/values

  1. 抗生物質なしの食材

  2. オーガニック食材

  3. ファミリーファームで調達

  4. 大農場否定

  5. 動物福祉の映画製作やコマーシャル製作

 

 Whole Foods Marketと同様に、食の安全と安心を、福祉考慮で生産された肉を調理しています。何よりも、巨大農場での生産を否定する映画やコマーシャルを流しています。2013年に流れた「Chipotle-back to the start」はWille Nelsonの音楽でCLIO広告大賞を受賞しました。初めに戻ろうと訴え、Youtubeで多くの人に視聴されました。Chipotle-back to the startで検索すれば視聴できます(下左の図)。

 これらの動きから、うかがえることは、米国の消費者は1)食品とその生産について知ろうとしている、2)大企業を疑っている、3)大企業をスポンサーとする大学研究も疑っている。米国養豚界は失敗したのです。

 米国の失敗から、国内生産者が学ぶべきことは、消費者に働きかける、消費者に自分達の生産を理解してもらう働きかけが大切です。そして日本の養豚は、規模については、米国に比べればまだ小さい規模だということと、生産性を向上への方向に対する批判に対しては、農場での生産性を上げることは、飼料という地球資源を守るためにも、国際間の競争から国内生産をまもるためにも大切だということです。消費者に「国産」が大切と思っていただける感謝の気持ちも大切と思います。

ホールフーズマーケット
昔に戻ろうキャンペーン

誰が養豚の福祉問題を推し進めているのか

 米国では以下の動物福祉団体が有名です。慈善事業家などから多くの寄付金を集めて活動しています。多くのキャンペーンを行っています。

  • Humane Society of the United States (HSUS)

  • People for Ethical Treatment of Animals (PETA)

  • Animal Right Coalition (ARC)

 上記3グループはインターネットで文字を入れれば、たちどころにヒットします。彼らの究極の主張は、ベジタリアンになろう、動物にも人間にもいいからというものです。なおベジタリアンは2種あります。Veganは肉、卵、乳製品を食べない、Lacto-ovo ベジタリアンは卵と乳製品は食べる。Lactoは乳の意味、ovoは卵の意味があります。彼らの定義では、肉の中に魚も含まれていました。どのように運動しているかというと、

  • 農場への直接攻撃、農場侵入して豚を農場外へ放す、農場へ抗議の電話をする

  • 消費者へのデマ宣伝、農場の写真を悪意的に撮りウエブで公開

  • 法制化への政治活動、政治家に訴える

  • レストランへの攻撃、ファスト―フード店に対してデモをする

 マクドナルドのような大チェーンは攻撃の目標にされます。2000年代にデモの目標にされたマクドナルドはサイトに動物福祉考慮を掲げています。最近では少しトーンがソフトになりました。運動資金は潤沢と言われています。米国には慈善家が多く、福祉団体は「動物福祉」という名目で多くの寄付が集まると聞きました。

https://corporate.mcdonalds.com/corpmcd/our-purpose-and-impact/food-quality-and-sourcing/animal-health-and-welfare.html

 

 上記の動物福祉団体とのバランスをとるために、生産側よりのサイトも紹介しておきます。1987年に設立され、生産側と消費者のコミュニケーションのギャップの橋渡しを目指しています。Animal Agriculture Alliance (動物農業連携:仮称)があります。文字通りの動物農業の生産関係のグループです。具体的には穀物農場、畜産農家、飼料会社などが参加しています。養豚だけでなく、すべての動物農業(畜産)について「動物福祉」「抗生剤の使用」「持続性」「栄養」「議会のウオッチ」についての情報が豊富です。

https://animalagalliance.org

養豚の福祉問題における日本の弱点

 日本では米国ほど過激な団体活動はまだ見られません。日本には米国ほどの養豚の大企業がまだないこともあると思います。しかし、米国とは違う大きな問題があります。まず養豚現場を知っている科学者・官僚が極端に少ない。学も官も生産現場に足がついていないのです。そして日本の大学教育と研究の欠点が以下のようにあります。

  • 学生への現場教育が欠如。農学部を卒業しても、生産現場を知らない

  • 教員も多くの生産現場を見てきた人は少ない

  • 米国の生産者協会の福祉委員会は生産者と生産現場をよく知る科学者で構成される。しかし日本の場合はそうでない

  • 動物福祉は環境省の管轄になり、環境省は生産農家への責任感・共感力が希薄

 上記のことから対応を誤る恐れがあります。

 生態や環境分野は興味のある学生も多く、いい教員も多数います。一方、農業動物の福祉は、大学でバランスのとれたteachingが非常に少ないことも心配です。公務員試験には生態や環境やイヌの愛護に関する問題はでても、農業動物とくに豚の福祉というと皆無でないか、と思われます。福祉問題を考える時に必要なものは以下3つあります。

  • 科学的知見(解釈が不安)

  • 専門家の経験(日本はこれが心配)

  • 専門家としての判断(日本はこれが心配)イヌ専門の先生が養豚の福祉について専門家として意見を述べるという実例もありました

 

日本養豚が福祉問題で優れている点

  • 母豚死亡率は低い。母豚の長期生存性は世界有数の高さ。ただし長く生きることは、福祉そのものでない

  • 生産性が低く、一人当たりの母豚飼養頭数は少ない。人と動物の接触が多い。

  • 現場の技術者が優れている人がまだ多い

  • 消費者の国産への信頼、よいイメージがある

  • 日本のレストランチェーンは、主に外国産を使用しているので、国内の生産システムには左右されにくい

英国養豚の凋落

 畜産や養豚の先進国であった英国は、動物福祉への急激な変化で、大きく凋落しました(下図、英国の飼育頭数の推移、日本は対照例)。2000年、米国Leman学会で、英国の学者Dr. M. R. Muirheadは、行き過ぎた福祉政策で英国の養豚農家は大きな困難に直面していることを訴えました。その時は、それほどとは思わなかったのですが、2011年、著者は英国に行き、そこで英国の報告書を見つけたのです。そこでは以下のことが書かれていました。

  • 動物福祉の法律施行、1999年以降、飼育頭数が40%減少した

  • 高く販売できるはずだったのに、消費者アンケートの限界

  • 口蹄疫の発生、2000年

  • 飼料価格の高騰

  • と体と部分肉販売のアンバランス

  • 国際競争力を失った。デンマークとオランダに市場をとられた。需要は伸びているのに。

  • 大きな問題:生産者が「自信」を失った

 飼育頭数が40%減少したというのは衝撃でした。農家戸数は減少しても飼育頭数はそれほど変わらない、というのが各養豚国の現状だったからです。

 さらに「生産者の自信を失った」というのは、非常に大きい問題です。生産者が意欲が失ったのです。一度失った飼育頭数はまだ戻っていないのです。2018年で総飼育頭数は約500万頭ですから、まだ1997年の約800万頭への回復は不可能に見えます。www.fao.org/faostat/en

 現在は英国の養豚界は、放牧養豚と福祉考慮の肉製品に活路を見いだそうとしていますが、道は険しいようです。

英国養豚の失敗

5つの自由、five freedomsと養豚での問題点

  1. 飢餓と渇きからの自由:Freedom from hunger and thirst (?)

  2. 非快適からの自由:Freedom from discomfort

  3. 苦痛・外傷・病気からの自由:Freedom from pain, injury and disease

  4. 自然な行動をする自由:Freedom to express normal behavior (?)

  5. 恐れや苦悩からの自由:Freedom from fear and distress (Brambell, 1965)

 

 この5つの自由は、英国の農業動物の福祉評議会(Farm Animal Welfare Council in the UK)が1997年に発表したものです。そして5つは、別々に考えられていたのです。そのため突き詰めると、矛盾が出てきます。それは評議会のメンバーも認めています。2、3と5に対しては誰も問題ないのですが、1番と4番が大きく意見が分かれます。そして、すべての5つの自由を絶対的に与えるのは非現実的である 。それぞれの自由は、対立する場合があると言われています (Webster, 1994;Appleby, 2003; Curtis, 2007)。

 

 例えば、1番目の飢餓からの自由は、妊娠豚は健康のため制限給餌されています。自由給餌すると、インスリン感受性が低下し、授乳期の飼料摂取量が不十分になり、繁殖成績が落ちます。されに母豚が太りすぎると死産子豚が増加します。最終的には農場で廃用されやすくなります。4番目の自然な行動の自由では、自然な行動とは内か、という問題があります。野生のイノシシは餌を求めて野山を歩きます。確実に飼料が給与される環境では歩き回る必要はないのです。さらに完全な行動の自由は、糞尿をまき散らし不衛生な環境になり、とくに子豚の下痢などの原因となります。

動物福祉評価度:5ドメインの提案

 5つの自由への疑問

 5つの自由は1979年に英国の農業動物福祉委員会によって提案されました。5つの自由として、飢餓、非快適、苦痛・外傷・病気、恐れ・悲嘆からの自由と正常行動の自由としました。5つの自由は、大きなインパクトがありました。しかし、5つの自由は、動物福祉の査定・評価法として十分に適切か? という疑問を呈した人がいます。米国北カロライナ大学のMonique Pairis-Garcia准教授です。

 例えば、人によって違ったように解釈されている、ネガティブな局面だけを排除しようとしているだけでないか。動物にとって福祉的にポジティブな経験に価値を置いていないのではないか、と疑問が出てきていました。動物は時には、お腹がすかせることもあり、病気になったり、病気に関係した苦痛を覚えたりして、一時的に福祉的に問題があることがある。

 そんなことから、5ドメインのモデルがニュージーランドの大学から提案され、福祉度を査定・評価に使用しようという動きがあります。5ドメインとは、栄養、身体的環境、健康、行動と他との活動、そして感覚心理的状態から、福祉の状態を査定・評価しようというものです。このモデルでは、動物におけるネガティブとポジティブな福祉経験の両方のバランスをとります。なお米国の養豚・養鶏の大手生産会社タイソン・フーズは、5ドメインモデルを応用した福祉度の査定・評価方式を採用したと2021年に発表しました。

 

参考:Monique Pairis-Garcia教授で米国ポーク生産者協議会の福祉委員会委員「Pig Progress 4-11号」の記事

D.J. Mellor, C. Reid, Concepts of animal well-being and predicting the impact of procedures on experimental animals. Australian and New Zealand Council for the Care of Animals in Research and Teaching, Glen Osmond, SA, Australia (1994), pp. 3-18

N.J. Kells, Review: The Five Domains model and promoting positive welfare in pigs,

Animal, 2021, https://doi.org/10.1016/j.animal.2021.100378.

動物福祉5つのドメイン

養豚で何が問題なのか

 米国では以下のことが問題になっています。日本も同様な問題があると思われます。

  • 妊娠個室ストールの使用、ストールは強い妊娠豚の攻撃行動から弱い豚も守る、個別の飼料給与のために発明されたのですが。欧州では2013年から妊娠中期でのストール個室飼育が禁じられました。

  • 安楽死、どんな豚が対象なのか、いつ決断、どんな方法でという問題があります。

  • 分娩個室クレート使用、動きを制限することで、母豚に踏まれて死亡する子豚を守るために使用されているのですが、母豚の動き回る自由を奪っているとして批判されています。

  • と場までの運搬、米国は広く高速道路を利用した豚運送が盛んです。詰め込みすぎという批判がありました。ほぼ解決済みと思われます。

  • 屠畜処理場でのと殺までのプロセス、上記プロローグで述べたように解決

  • 豚をどう育てるかという以下の実践

  1. 去勢、肥育豚100キロ以上になると肉に雄臭がつくので、米国では3日齢に去勢しています。麻酔使用が検討されています。

  2. 断尾、群飼育すると尾かじり(悪癖)が発生し死亡する時がある。予防として断尾。

  3. 耳刻、個別の記録が必要な育種会社のみ実施

  4. 切歯、子豚間の攻撃行動での大外傷と化膿を防ぐため。衛生状態のよい農場では大きな外傷にならないということがわかって、米国農場ではすでに実施せず。

動物福祉をめぐるさまざまな観点と意見

 

ここでは以下のトピックを紹介します。

  • 動物の安楽死をめぐるエピソード

  • 福祉問題は農業動物だけでない

  • 農業動物の福祉をめぐる2つの哲学的観点

  • 人は動物をどう見ているのか、極端な動物観

  • 動物福祉に関してすべての動物は平等なのか?

  • 文化や伝統と動物福祉の対立

  • 哲学者Mike Applebyのソリュ―ション

動物の安楽死をめぐるエピソード3つ

 2016年、競馬界で有名な種牡馬、オペラハウスが左後肢基節骨(けい骨、人の中指の3つの骨のうち一番下の骨)の粉砕骨折で予後不良として安楽死されました。予後不良というのは獣医用語で、もう助からないということです (4月21日Yahooニュース)。このニュースは競馬ファンにとっては悲しいが、安楽死はしかたないことと受け入れられました。大動物にとって、四肢の障害は、致命的になります。動けなくなれば、身体が重いため、下部組織が圧迫され、血流が阻害され、不可逆的な組織障害から壊死し、褥瘡(じょくそう)となります。外傷組織から細菌感染そして敗血症となり苦痛の中で死亡します。それがわかっているので安楽死させます。欧米でも日本でもこれは同じ対応で、消費者の反応も大きくは変わりません。

 2006年、ニュージーランドでゴンドウクジラ群が海岸に座礁しました。付近の住民が総出で海に戻そうとしますが、成功しません。このままでは予後不良とみた野生動物保護係官は、41頭を射殺します (1月3日Yahooニュース)。

 2015年、日本の鹿島灘でイルカが座礁します。付近の住民が総出で海に戻そうとしますが、成功しません。3頭は海に戻せたのですが、153頭は衰弱死し海岸に埋められました。一部は解剖され死因を調べたそうです (4月10日Yahooニュース)。

 どうやら国によって、動物によって安楽死への考え方に違いがあるようです。

福祉問題は農業動物だけでない

以下の動物を飼育する人たちも福祉問題に直面しています。

  • 毛皮産業:ミンク、キツネ

  • 実験動物:霊長類、イヌ、ウサギ、ラット、マウス、遺伝子組み換え動物

  • 動物園の動物

  • 競馬用の馬・ドッグレース用イヌ

  • 海生哺乳類:クジラ・イルカ

  • 農業動物:豚・牛・鶏

  • 養殖魚:金魚・サケ

 毛皮産業は、長い歴史を持つ北欧(例:フィンランド)を筆頭に、欧米各国の寒冷地区で大きな産業ですが、過激団体の攻撃を受けたり、福祉に関する批判にさらされています。例えば有数の生産国フィンランドの毛皮農家は700戸あり、協会を作り教育と宣伝活動により防戦に努めています。https://fifur.fi/en/fur-farming

 有名ブランド・GUCCIは、商品にミンクやウサギの毛皮を使用しないと発表しました(2018年Yahooニュース)。

 

 動物園も例外ではありません。2016年、都立動物園・水族園の公式ホームページ(HP)「東京ズーネット」が不正アクセスを受け「、メールマガジン読者のメールアドレス2万件超が流出したと発表した(産経新聞7月7日)。動物を開放しろ」という書き込みがありました。

 動物園は、歴史的には15世紀から貴族の庭園の一部として始まったといわれています。19世紀にはロンドンで世界で初めての動物園ができ、以後、家族で楽しむ大衆娯楽の華となりました。しかし、以下の批判がありました。

  • 動物の管理と取り扱いへの批判

  • 第二次大戦後:自然生育地からの捕獲への批判

  • 現代:捕獲された飼育動物の心理的幸福への批判

農業動物の福祉をめぐる2つの哲学的観点

どう福祉を考えるかということで、2つの倫理的アプローチを紹介します。その中間をとろうとするMike Appleby(Edinburgh大学)の考え方も紹介します。

  • 公益主義(utilitarianism:大福主義)の考え方、望ましさは、その結果として生まれる効用によって決定されるという考え方です。19世紀の哲学者ベンサムの「最大多数の最大幸福」につながります。Peter Singer 博士(米国Princeton 大学)が有名です。なお彼は菜食主義者です。公益に関して、人間と動物を差別するべきでないとしました。大農場を動物工場として批判。著書は「動物の開放」。

  • 動物の権利 (Animal rights)、動物には人に利用されるのでなく、それぞれの本性によって生きる権利があるとするものです。Tom Reagan 博士(米国北カロライナ大学)が有名です。彼も菜食主義者です。著書は「動物の権利」。

 2人の哲学者は、動物の権利運動や開放運動と菜食主義に大きな影響を与えました。2つのアプローチはなにかしら、よく似ています。大きく違うのは、人が動物を殺すことをどう考えるかです。公益主義では、効用が大きけらば容認できますが、動物の権利からは、理由や効用がどうあろうとNOです。

 どちらの考え方も極端ですので、Mike Appleby博士(Edinburgh大学)はハイブリッドな考え方Hybrid viewや バランスの取れた考え方a different balance of viewを紹介提案しました。例えば酷い苦痛を動物に与えることは、どれほど人にとって公益があろうとしてはならないことがあり、倫理的に許されないことであり、それさえしなければ、公益主義でいいのでは、としました。どちらの写真も昔のwikipediaから引用しました。今の写真ではありません。

ピーター・シンガー
トム・リーガン

人は動物をどう見ているのか、極端な動物観

  • 動物は機械(時計など)と同様であると考える。17世紀のフランスの哲学者デカルト「われ思う。ゆえに我あり」で有名です。彼は動物というのは精巧な機械だとしています。青虫などは訓練や条件付けで、左右に動くようになるからです。人がもつ自由な意識はないとしたのです。

  • 動物は小さい人である。これを擬人(Anthropomorphism)といいます。擬人では、動物は人が感じるように感じ、人が思うように思う、としています。身近な例では、小さい子供は、人形にあたかも人のように話しかけます。またはTVのドキュメンタリー番組では、語り手は動物がしゃべっているかのように語ります。また俳句などの文芸分野では感情移入として擬人法はよく使われます。「やれ打つな 蠅が手をする足をする 一茶」は英語にも訳されている名句ですが、ハエは人に打たんでくれと頼んではいないのです。そして科学の分野では擬人は悪魔とされています。科学は主観を排し、客観的に真実に迫るアプローチだからです。

 

 私たちは情緒的な擬人と動物は機械という極端な考えの中間を歩き、現実的な動物福祉を目指すべきとMike Applebay博士はいいます。

文化や伝統と動物福祉の対立

 三重県の多田大社での上げ馬神事は、南北朝時代から続く豊凶を占う行事です。2.5メートルの崖を、馬が一気に駆け上がらせるというものです。三重県の無形民俗文化財です。しかし福祉団体からは、動物虐待と非難されています(2010年Yahooニュース)。文化や伝統は動物福祉とは対立する場合があります。写真は多度神社のサイトから引用しました。

 寒立馬と呼ばれる馬がいます。青森県下北半島で放牧されている在来馬です。冬季、寒風吹きすさぶ尻屋崎の雪原で野放馬がじっと立っている様子に人は、自らの忍耐を重ねたのでしょう。季語でもあり冬の俳句にも読まれています。しかし外国人からみたら動物虐待でないのか、と思われそうです。写真は青森県の観光情報サイトから引用しています。

 日本における捕鯨もクジラをめぐる伝統と動物福祉の対立です。非捕鯨国から日本の学術捕鯨は批判されています。日本はかって捕鯨する国でした。クジラは貴重なたんぱく源だったのです。漁村にとってクジラは大きな富でした。クジラは古来、日の光の乏しい時節に列島沿岸を回遊したのです。漁は荒ぶる極寒の海の風物詩だったのです。俳句「鯨肉買う顔が生き生き浜市場」(山田緑光)1917-2011があります。人々の表情に安堵の笑みと白い息が重なるようと評されています。「読売新聞、編集手帳 2012年10月28日」から

 そのほか海外の例でいうと、スペインの闘牛、フランス料理のフォアグラも、知らない人から見ると、動物の虐待でないのか思われます。スペイン人は、闘牛は人と牛のダンスだと自慢します。でも闘牛の伝統文化をもつ以外の人から見ると、牛のなぶり殺しでないのかと思われます。

青森の寒立馬
三重の馬上げ神事

動物福祉に関してすべての動物は平等なのか?

 動物福祉は考慮されるべきというコンセンサスはあるが、何が動物福祉かというコンセンサスが難しいのです。養豚場の社長と愛犬家が動物福祉について話し合っても、農業動物である豚と伴侶動物であるイヌについて、お互い違う動物の福祉について話し合っても、かみ合わないでしょう。

 哲学者Mike Appleby博士は言います。必要な福祉は全部かゼロでないだろう。動物福祉のためには、動物種によって違うように、心や身体や自然を考えるべきだ、と哲学者はいいます。

  • チンパンジーと豚は違う

  • 犬・猫と豚は違う

  • 豚と鶏も違う

  • 豚と魚も違う

  • 豚とゴキブリは違う

 動物種によって必要な福祉は違う、その違いは、意識: 個が自分の精神生活を理解できる能力の違いであると哲学者Mike Applebyは言います。例えは、知的興味はチンパンジーと鶏では違うでしょう。苦痛と喜びへの感受性も動物種によって違うでしょう。さらに同じ動物種でも年齢によっても違うでしょう。

哲学者Mike Appleby博士のソリュ―ション

 農業動物を殺さないために、われわれは肉や卵を食べることをやめ、ミルクを飲むこともやめるべきなのか?魚を食べることもやめるべきなのか?動物園もサーカスも廃業すべきなのか?われわれは菜食主義者になるべきなのか?

 人間が農業動物を使うことをやめるなら、牛、豚、鶏や他の農業動物は存在しなくなる。この考え方とやり方は、正当だろうか。もしすべての人間が菜食主義にというのは、非現実的である。もし、多くの豚が生きる価値のあるように生きれるなら, 豚にとって存在しないよりは存在するほうがいのではないか。

 動物を殺すということに対してはさまざまな意見がある。人にとっても、死は分離isolationではなく、死は生の一部ではないか。動物に生を与え、そして人道的に終わりを与えるのは倫理的に許されるのではないか。人と農業動物には長い歴史がある。その生を私たちに依存している動物たちをなくしてしまうのは適切でないだろう。

「よい生とやさしい死を」 "A good life and a gentle death" うまく訳せないので英語を併記しておきます。

 

 哲学者Peter Singer は言っています。「もし豚が、いい生をもち(good life)、人道的に殺されるなら (gentle death)、死は強い苦痛でないだろう。なぜならその豚は何を失いつつあるのかわからないのだから」"If a pig has a good life and is killed humanely, death is not a significant harm done to the pig because the pig is not aware of what it is losing."

 

 哲学者Mike Appleby博士のソリュ―ションは、「殺すことは分離と考えるべきでなく、生の全体の一部と考えられるべきである」"Killing should not be considered in isolation but in the context of the animal’s whole life."

 人間は農業動物を殺すことに責任を持ち、できる限り人道的に苦痛の少ない方法で実行されるべきで、それは動物に生を与えその時点まで適切に飼養して生かしてきたことと同様である。"For us to take responsibility for killing, and to carry out that killing as humanly as possible, is compatible with giving animals decent lives up to that point."

 

参考

Appleby M, What should I do about animal welfare? Blackwell Science, London. 1999.

Appleby M. I., Olsson I. A., Galindo F. Animal Welfare. Cab Intl, London, 2018.

よい生とやさしい死
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