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実践養豚福祉

  • 欧州の選択

  • 米国の選択:米国PQA プラス®

  • エピソード:米国の多様な動物福祉考慮と無薬のポーク生産

  • 日本国内の養豚の福祉への道と生産者との対話

  • 米国PQA Plus®に学ぶ

  動物福祉問題で、欧州と米国は違った選択をしました。欧米として一つで理解されることの多い米国と欧州ですが、この養豚の動物福祉に対しては大きく違っています。

  • 実例1:米国大手生産者クレメンス食品グループの動物ケアへの約束と責任(欧州の基準より厳しい基準を設定しています)

  • 実例2:米国中堅生産者シュルツ農場の動物福祉への取り組み

  • ​実例:飼育スタッフへのアニマル・ウェルフェア農場規則と誓約書例

  • 英国流の福祉度ベンチマーキング

  • エピソード、四肢障害を早く見つける新技術

  • ​欧州の福祉規制

  • ​エピソード、ドイツの規制と生産者の苦悩

欧州の選択

 

  20013年1月から欧州は新しい福祉の規制が施行されました。一番大きなことは、妊娠5週齢以降分娩予定の1週間前までの妊娠中期約11週間、ストール個室飼育が禁止され、グループ飼育にする必要ができたのです。

 なぜ妊娠4週齢以内のストール飼育が認められたからというと、妊娠初期は受精卵着床と胎子の骨化が起こる時期で、流産のリスクが高いせいです。グループ飼育だと妊娠豚間の攻撃行動が起こるからです。

 なぜ分娩予定1週間前は個室飼育が認められたかというと、分娩に備えるためです。その時期は、妊娠豚が妊娠豚舎から分娩豚舎に移動される時期です。

 欧州では、ほかにも1頭当たりのスペースが細かく決められています。子豚に対しては離乳時期は28日齢以降とされました。なおこの規制には例外があり,母豚からの感染症予防のために,分娩舎から離れた場所に設置され,空白期間に掃除・水洗・乾燥・消毒を行った専用の離乳舎へ子豚を移動することができる場合は21日齢以上としています。設備が整っている大規模農場だと21日齢以上を使用すると思います。授乳期間を短くすると、母豚当りの年間腹数、いわゆる母豚回転数が落ちるからです。

 ストール個室飼育は第二次大戦後に発明され、妊娠豚間の攻撃行動を防げること、個々の妊娠豚の体重と妊娠時期に応じた飼料量を、個別で給与できるということから、ほとんどの養豚国の普通のやり方になっていました。

 規制がかかったことにより欧州の養豚生産者のとるべき道は5択となりました。

  • 床給餌 :Floor feeding systems、飼料を床に広くまくことで豚を散らばさせ、攻撃行動を防ごうとするものです。 個別給餌はできませんが、既設備からの安い改築費でできます。

  • ミニボックス:Miniboxes / Slow – feeding system、従来のストール柵を半分に切って、飼料給与時にどこのストールにも自由に出入りできるようにしたもの。早く食べ終わった豚が飼料を狙って、遅うという欠点あり。個別給餌はできませんが、既設備からの安い改築費でできます。 

  • フリーアクセスストール:Free access stalls、給餌時に自由にどこのストールでも入れ、豚が入るとストールの後ろの戸が閉まり、後ろから他の豚に襲われることがなく、飼料を食べ終わって出ようとすると戸があくという仕組みを持ったストールです。ただし、個々の妊娠豚への個別給餌はできません。ストール個室の150%から200%のスペースが必要。 

  • コンピュータ制御給餌:Electronic sow feeding (ESF)、オプションの中で唯一個別給餌ができます。 耳にRF耳標というICチップを付け、給餌ステーションといわれる給餌する個室に入ると、その豚に応じた給餌量が与えられます。しかし給餌ステーションの前が飼料を求めて豚で大混雑し、攻撃行動が起こります。ひどい場合は、後ろにいる母豚から、前にいる母豚の外陰部への噛みつきが起こります。導入コストが高い。

  • 2023年現在、新しいオプションとして、フリーストールESFが欧米で流布しています。フリーストールとESFの長所を併せ持ち、コストも安いからです。施設ページの母豚群飼タブを参照。

  • 廃業については、養豚の強い国(スペイン、デンマーク、オランダ)の残った農場や大規模農場が増頭していますが、ドイツやフランスなどの主要欧州養豚国の母豚数は落ちてきています。

妊娠豚のミニボックス
妊娠豚のフリーアクセスストール
妊娠豚のESF

左からミニボックスと呼ばれるストールを後ろ半分切り取ったもの、真ん中はフリーアクセスストール (カナダのPrairie Swine Center)で、左はESF (Big Dutchman社)です。

米国の選択:PQA プラス (豚肉の質保証プログラム:Pork Quality Assurance Plus®)の創出

 欧州の動物福祉への法規制に対しては、米国は批判的でした。生産者団体であるNational Pork Board (米国ポーク生産者協議会)は、欧州の規制を情緒的対応として批判し、科学をベースにした米国独自の方法を実施しています。それは欧州の法規制でなく、米国は農場教育で、農場スタッフや農場主への教育プログラム「PQA Plus®:豚肉品質保証プログラム」で、農場管理の中で豚の幅広い福祉を実現しようとしているのです。米国の自律主義と実用主義、情緒でなく、科学ベースと教育を重視して、農場での生産者へ教育を通して養豚福祉を実現していこうというものです。

PQA プラスの目的:科学的に健全な動物飼育実践を通じて、責任ある動物飼育という養豚の伝統を維持し促進すること。欧州の法規制に対抗しています。

 

PQA プラス (Pork Quality Assurance Plus®: 豚肉の質保証プログラム)の概要

 参加農場は71000戸で、米国養豚の70%以上を生産します。さらに大学教員と臨床獣医師からなる1200人のアドバイザー(農場指導員)がいます。アドバイザーは講義を受け試験にパスする必要があります。参加農場ではアドバイザーによる農場教育に関する講義と試験を行い、受講し試験にパスした人に終了証をだします。

 さらにアドバイザーによる農場監査 (Audit)があり、それに合格すると農場も証明書がもらえます。すでに18000農場がアドバイザーによる農場監査を受けたそうです(2020年現在)。農場教育のマニュアルや教科書は豊富でweb-baseで生産ツールとして公開されています(2020年)。なお豚運送のプログラムTQAもその一部です。養豚マネジャー教育プログラムがあり、昇進にも利用できます。日本にも参考になる点が多々あります。

https://www.pork.org/certifications/pork-quality-assurance-plus

 PQA プラスは食の安全の標準設定と動物福祉の改善を目指す骨組みと規定されています。食の安全 (Food safety)、動物福祉 (Animal welfare)、公衆衛生 (Public health)、職場の安全 (Workplace safety)、環境 (Environment)、コミュニティ (Community) の6本柱からなっています。それぞれの6つの章があり、その下に良い生産実践(GPP:Good Production Practices)という、どう農場で実践するかについて示されています。なお動物福祉以外はこのサイトでは「安全」の下に集めています。

 

動物福祉のGPP内容は以下です。

  1. 農場スタッフに動物の扱い方・飼養管理技術・安楽死についての訓練を供給

  2. 動物を日々観察し、もし必要な豚を見つけたら迅速にケアする

  3. 設備と機器を日々点検し、動物の環境は安全で、飼料と水が供給されていることの確認

  4. 動物虐待は絶対に許されないというルールを実行

  5. 豚を安楽死させる時は、人道的かつタイムリーに実施

  6. 動物福祉に関連することで緊急事態への準備

  7. 動物行動の知識を知って動物を扱う

  8. 動物のサイズと生産のフェーズにあった動物用の器具を使って扱う

PQA プラスの詳しい具体例は下にあります。

エピソード:米国の多様な動物福祉考慮のポーク生産

 米国ポーク生産者協議会では欧州のような規制は、米国にあわないという立場で、農場での教育プログラムを立ち上げ、現在実行中です。その一方、自由の国・米国では、消費者に多くのオプションを供給するという立場からの、以下のような動物福祉考慮のポーク生産も行われています。

  • 減抗生剤使用:このグループでは英国式(English Standards)と正しい飼育式(Rite Raised®)があります。

  • 抗生剤無し:このグループでは戸外飼育、ナチュラルポーク、ケージ無しナチュラルとして、GAP®(グローバル動物パートナー)とCertified Humane ® (人道的飼育証明)があります。ケージ無しとは妊娠期のストール無し、分娩期のクレート無しです。

  • 遺伝子組み換え飼料なし:オーガニック飼育

 

 価格は上から順に高くなります。さらに下図は特殊ポークのサマリーです。元ミネソタ大学教授のDial 博士の図です。右から左にかけて高価になります。オーガニックだと普通のポークの数倍の価格が付きます。面白いことに、一番売れているのは、一番高価なオーガニック飼育されたポークだそうです。米国の東海岸と西海岸では、若い世代では、ファッションと同じように、何を食べているかが、大きな話題だそうです。しかし米国中西部の農業地帯では、高価な豚肉はそれほど売れないそうです。米国は広いです。

 なお抗生剤無しの豚の生産ラインでは、抗生剤を使わざるを得なかった豚のラインが必須です。子豚に下痢が発生した時には、命を助けるために抗生剤は必要だからです。

高付加価値ポーク

日本国内の養豚の福祉への道と生産者との対話

 欧州と米国について述べました。では日本の生産者の選択はどうなのでしょう。欧州のように法律で規制するということには、生産者の反発が強い、そして欧州のように施設の変更を伴う財政援助をどうするのか、とういう問題があります。

 2020年農林水産省は、各動物ごとの「飼養衛生管理基準」を定めました。疾病防止を主にしています。動物福祉が眼に見える形にはなりませんでした。小規模農場が多く、欧州のような法規制をすれば廃業に追い込まれる農家が多いという判断かと思います。豚は以下です。マンガ仕立てで面白い。https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_shiyou/attach/pdf/index-115.pdf

飼育密度については、日本では肥育豚で0.8 平米/豚、繁殖豚で1.2 平米/豚という目安ができました。密飼育からの病気発生を防ぐためです。

国内養豚生産者との対話

 国内生産者と、今、何ができるのか、何をしなければならないのかを話し合ったことがあります。

  • 母豚、子豚、肉豚のすべてのステージで死亡率を下げる。高い死亡率は「健康という福祉」で、問題あるからです。健康第一です。

 

そして以下が話あわれました。

「豚を健康に飼っている(健康面の福祉)」ことを消費者に強調

  • 農場での安楽死に取り組む

  • 従業員教育、誤解からの内部告発がありうる

  • 記録、no measure, no control、コントロールするにはまず測定し記録

  • PR(公衆・市民との関係)消費者への働きかけ、教育ファーム、よい農家であることのアピール

  • 過激な福祉運動が今後に起こることも考えられる。どう答えるか、メディア、レポーター、消費者団体、テレビでどう答えるか、想定問答集、メディア用窓口が必要(現在は日本養豚生産者協議会が担当https://jppa.biz)。

 国内養豚農家にはまずは衛生管理技術を上げ、農場の健康レベルを改善することで、離乳豚や肥育豚の死亡率を下げることが、最重要と思われます。なお伝染病だけでなく、生産性を低下させる慢性の病気はないという農場も出現しています。www.pharosfarm.jp/business/strategy.php

 

  今後は群健康管理で、オールイン・オールアウトの生産で、病気の連鎖を断ち豚の健康レベルを上げて、死亡率を下げていくことが必須です。なお日本ではmortality死亡率を、事故率と言い換えて使用している人もいます。事故率は、何かたまたま起こってしまったかのよう感じられます。「Mortality=死亡率」は群の健康状態を示す指標で、生産者の責任です。世界の主要養豚国で使用されている指標です。

PQA プラスの具体例

 米国ポーク生産者協議会が発行しているガイドブックは110ページあり、そのうち福祉が21ページを占めます。以下福祉関係の4つについて具体策を紹介します。なおPQA Plusでは、動物福祉はwelfareでなくwellbeingになっています。

  • 動物虐待は絶対許さない

  • 飼育スタッフの訓練と教育

  • 適切な動物のケアのために

  • 動物のための施設管理

https://www.pork.org/certifications/pork-quality-assurance-plus

動物虐待は絶対許さない

動物虐待とは以下です。

  • 動物を叩くこと

  • トラックに載せたり下ろしたりするとき、落ちるおそれのある高い場所で、動物を早く動かそうとすること

  • 動物の身体の一部をもって引きずること (例外、動物の命に係わる緊急時、動物が動けないならボードの上におき運搬すべき)

  • 意図的に動物を落としたり、投げたりすること

  • 攻撃性を抑えようと、雄豚の牙や鼻を傷つける(例外、鼻リングや牙切)

  • 飼料や水やケアを与えず、結果的に健康を損ねたり、死ぬようにすること

 

 すべての飼育スタッフは、虐待とは何かを知り、虐待は決して許されないという教育を受けること、そしてもし虐待を見たら、即やめさせて、レポートにして上司に報告することを義務としています。報告を受けた上司は、必ず詳細に調べて再発防止策をとる必要があるとしています。

飼育スタッフの訓練と教育

 飼育スタッフは、毎日の動物ケアへの責任を持ち、彼らの動物への飼育技術は動物福祉の最も重要な因子です。知識と訓練と仕事にたいする姿勢は、動物福祉の基本です。飼育スタッフと動物との否定的な関係は、動物の生産性と福祉に悪い影響を及ぼすということが研究でわかっています。

 飼育スタッフは、日々の仕事についての標準作業手順書(Standard Operating Procedure: SOP)を渡され、さらに毎年、正しいケアについて訓練を受ける必要があります。新しく配属になった人は、経験者から指導を受けるようにすべきです。すべての飼育スタッフはPQA プラスの訓練を終了している必要があります。新人は90日以内に訓練を終了しておく必要があります。

 必須の訓練は3つです。安楽死 (Euthanasia)、動物の扱い (Handling)そして一般飼育技術 (Husbandry)です。3つともその農場の標準作業手順書(Standard Operating Procedure: SOP)を用意すべきです。動物の扱いと飼育技術は、米国ポーク生産者協議会のパンフもあります(まだ訳してません)。安楽死は別セクションで説明しています。

適切な動物ケア

毎日の動物観察

 毎日の動物の日常の観察とその記録が大切です。例えば、飼料と飲水の様子、寝るパターンそして外傷や病気のサインの記録、室温と空気の質は常に正しく設定、ファン、床、ペンの修理、フィーダーや飲水器のチェックと適正化、死亡豚数の記録などです。動物の人への反応の行動観察では、人を恐れていないことが大切で、人へ恐れの行動は、直近のワクチン接種、血液採取などにも影響されます。

 

生産成績

 ある種の生産成績は動物福祉の指標にもなります。肥育豚だと、肥育成績である平均増体量 (ADG)、飼料要求率や死亡率、そして繁殖雌豚だと、分娩率や死亡率です。

 

ボディコンデションスコア(BCS)

 ボディコンデションスコアは、動物の栄養状態と農場の栄養プログラム、さらにヒーターや冷却法を評価するのにもよい方法です。スコア1で動けない場合は、すぐ安楽死させるべきです。また太りすぎであるスコア5の豚は健康上のリスクがあります。分娩前14日前でのスコア評価は、福祉的には授乳後のストレスを切り抜けられるかどうかの指標であり、離乳後14日のスコアは、過肥または痩せていて飼料を増減するかどうかの判断に役立ちます。

豚のボディコンスコア

飼育面積

飼育面積が適切と判断できるためには、豚の状態は以下でなければなりません。

  • 寝転んで他の豚とぶつからないこと

  • 頭をフィーダーにのせることなく寝転がれる

  • とくにストール個室飼育では、豚は頭をフィーダーにのせず、四肢を伸ばして、身体下部をストール柵の後ろにくっつけて横に寝転べること。ストール柵のサイズは、豚の大きさのあっていて、隣の豚との背と背、背と腹、腹と腹の接触によって、外傷ができないことが明白であること

  • 妊娠豚のグループ飼育では、それぞれの豚が横になったり、自由に立ち上がったり、方向を変えられるようにするべきです

豚の飼育面積

福祉上問題ある病気への対応

四肢障害: 四肢障害があると認められた豚は、その原因と程度によって、治療、淘汰または安楽死させられるべきです。四肢障害がある豚で、2日間の治療で改善が見込めなかった豚が、安楽死を考慮されるべきです。

膿瘍・深い傷・浅傷:で きる治療をするとともに、他の場所より発生が多くないか記録しておく。獣医師に相談する。

 

肩の圧迫傷:痩せている母豚、高産次で四肢障害のある豚がなりやすい。獣医師の指導を受け、傷口の消毒と治療をするべきです。

膣脱・子宮脱・直腸脱:起こした豚はすぐに隔離し治療するべきです。もし修復できす壊死を起こしているようであったら、安楽死させるべきです。獣医師から治療計画のアドバイスを受けるべきです。と同時に原因やリスク因子を排除することが大切です。

ヘルニア:重篤なヘルニア(潰瘍化し壊死を起こしたもの、立った時に地上につくほど大きくて歩行困難でヘルニアに穴があいた)については安楽死させるべきです。

 

尾かじり:被害豚にとって福祉上の大きな問題です。被害豚は隔離して治療し、加害豚を見つけ隔離すべきです。リスク因子は、栄養素の欠乏、飼料不足、水不足、アンモニアの高濃度、騒音、高温や高飼育密度などです。尾かじりが起こったときは、根本原因を突き止め、取り除くことが大切ですが、複数の原因があるので、原因を特定することは困難です。

外陰部噛みつき:隔離し治療すること。証拠を記録しておくこと。

参考:四肢障害の主原因の一つに蹄の損傷があります。豚は偶蹄類ですので、1つの肢に2つの爪がありますので、1頭の豚には8本の爪があります。蹄球と蹄球・蹄底接合部に外傷、爪の変形がよく見られます

豚の蹄

飼料と水の十分な供給

 自動の給餌器と飲水器は毎日のチェックが大切です。飼料タンクも内部でブリッジを起こしている可能性があるので、毎日のチェックが大切です。飲水器も水の流速が低下している場合があります。水や飼料が切れると、福祉的に問題があるとともに、攻撃性が高まったり、胃潰瘍の発生が多くなったり、出血性腸症候群などの疾病リスクが高まったり、肥育成績が低下します。

 飲水器は豚がいつでも飲めるようにデザインされるべきです。以下に水と流水量についての必要量をのせます。また暑い日には、飲水量が増えるので、飲水システムは同時に多くの豚が飲水できる能力が必要です。

 

 ウエット・ドライ型、カップ型や桶型では流水量を測定するのが困難ですが、水道パイプラインの直径が十分に大きくて、同時に多くの豚が飲水できるか確認しておく必要があります。水圧がメーカーの推薦を満たしているかもチェックする必要があります。長い桶で給水する場合は、障害物や割れ目がないこと、他の豚が水の流れをとめていないかもチェックするべきです。

水必要量と流水量
Needle (1).JPG

治療ペン

 群飼していると福祉上に問題がある豚や治療するため、何らかの病気の豚、被攻撃の豚や外傷を負った豚を隔離するための治療ペンは必要です。治療の効果を見極めて、安楽死の判断もあり得ます。

重症の病気の豚、歩行困難の豚または死亡豚

 

 飼育スタッフは、毎日の観察から動物の状態を把握できます。なお上記の状態は他の豚の状態にも有用な情報です。他の豚も同様な症状がるかもしれません。そして死亡豚はすぐ取り除くべきです。

筋肉注射用と皮下注射用の注射針​は上の表を参照。福祉ページの農場査定タブも参照。

安楽死

 安楽死については、別のサブセクションに詳細に記述していますので、ここでは簡単に述べます。豚が治療で回復できなければ、安楽死させねばなりません。最適な方法でのタイムリーな安楽死は、福祉上非常に重要です。

 なお安楽死の方法については、人間の安全性、豚の福祉、実践的で技術なスキルで可能、飼育スタッフの意思、見た目が悪くないこと、豚のサイズ上の制限、バイオセキュリティ上のリスク(特別な器具を施設に持ち込むなど)を考慮されるべきです。

以下の豚には、タイムリーな安楽死が必要です。

  • 治療しても改善の兆しがない豚

  • 重篤な外傷、歩行困難な豚(立ち上がれない、支えられて立ち上がっても体重を支え切れない)

  • 歩行困難でボディコンデションスコアが1の豚

  • ヘルニアで出た腸に穴が開いた豚、潰瘍化し壊死を起こしたもの、立った時に地上につくほど大きくて歩行困難でヘルニアに穴があいた豚

  • 直腸脱・膣脱が壊死したもの、子宮脱の母豚

施設・器具の管理

よい福祉を実現するためには以下のような施設・器具の良い状態を維持することが大切です。

 換気システム:空気の温度コントロールと空気の質は豚の福祉に大きな影響があります。またヒーターと冷却システムも必要です。豚は体温を調整しようとするような体温調整行動を示すべきでないのです。体温調整行動 (Thermoregulatory behavior)とは、例えば寒い時に、豚が集まって一か所に盛り上がってしまうような行動です。夏の暑すぎるときは他の豚との身体接触を避けるように寝ます。

 表に限界温度について記述しています。上限より上の高温、下限より下の低温では、豚の快適な温度でなくなるだけでなく、肥育成績も落ち、病気になりやすくなります。なお温度を測定点は、豚のいる場所である地上から30センチで、建物の中心でかつ建物の長径端から1/3と2/3が望ましい。

 

 空気の質のためには、塵やアンモニアガスを少なくすることが大切です。これらは呼吸器に悪い影響を与えます。例えばアンモニア濃度は25 ppmを超えるべきでないでしょう。空気の質が悪くなると、豚の眼がうるんで水っぽくなったり、濁ったりしてし、さらに呼吸も苦しくなってきます。豚に上記のようなサインがあらわれたら、即に換気量をあげるなど是正行動を起こしましょう。アンモニア濃度は日常的に測定されるべきです。

豚の適切温度帯

緊急時のサポート

 緊急時のサポートのために3つのことが必要です。緊急時の行動計画、緊急時だということの発見システム、そして緊急のバックアップ換気システムです。緊急行動計画には最低でも、オーナーや獣医師、電力会社、消防署、警察の連絡先が張り出してあることが必要です。緊急時の行動について、すべてのスタッフが知っていることが必要です。

緊急時であることの発見システムとしては、停電時や温度の変化について、責任スタッフに知らせるシステムが必要です。さらにシステムは複数必要です。そして停電の場合の何らかの換気バックアップが必要です。そしてこのシステムは定期的な検査が必要です。

 

動物の施設 (ペン、フィーダー、飲水器、床、廊下を含む)は豚を傷つけないような修理やメンテが必要です。

豚のハンドリング

 動物をうまく扱い、動かすことは福祉上重要です。動物の行動についての知識が重要です。豚の行動についておくべき3つの特徴があります。恐れのゾーン、ポイント・オブ・バランスそして感覚(視覚、聴覚、臭覚)です。恐れのゾーン(下図参照)は、豚の周囲1円でその豚の空間です。豚は人との間合いを保とうとしています。この大きさは人の良い関係があると小さくなります。このゾーンに飼育者が入ると、豚は恐れ神経質になります。豚にとってそのゾーンはどれくらいの大きさなのか認識する必要があります。ポイント・オブ・バランスは、豚の肩の付近にあります。それより前から人が近づくと豚は後ろに下がろうとします。それより後ろから近づくと前に進もうとします。なお豚の視覚は310度ですので、真後ろは見えません (死角:blind spot)。豚は人が死角に入るのを嫌がります。

ポイント・オブ・バランス

豚のボディランゲージ

 豚は恐れのレベルを、頭、眼、耳、声と身体の動きで示します。このボディランゲージは、豚が平静なときと興奮しているとき変化します。この豚のボディランゲージをよく知ることが大切です。豚の恐れや人からのプレッシャーは以下で抑えることができます。

  • 立ち止まり、豚を逃がす

  • 後ろに下がって、豚との身体的接触を抑える

  • 声を柔らかくし、豚との距離をとる

  • 豚をくるっと後ろに回ることができるようにする

  • 大きな音をやめる

  • 豚を見ないようにする

  • グループのサイズを小さくする

豚のグループでの流れ

豚のグループが動くとき、豚はグループとして動きます。これを「流れ (Flow)」といいます。動きの流れは以下の時に起こります。

  • 豚が平静である時

  • 豚が他の豚に気を取られているとき

  • 豚の関心が動くことにありグループと一緒であるとき

  • 先頭の豚の動きに従おうとするとき、そして後ろの豚が付いてくる動きが、先頭の豚の動きを前に進める

  • 豚がそんなに密着していないこと

  • 人が一緒に動き、豚の流れを動かそうとしないとき、時間と空間があり、障害や角がないとき

  • 豚がそのグループに従うことが安全と感じるとき

 

反対に、「流れ」を乱すのは以下です。

  • 何か知らないもの眼の前にあるとき

  • 床表面の変化(例、コンクリートの廊下から木製の移動シュートへ)

  • 豚の肢元の変化(例、濡れて滑りやすそうな移動シュートや外れそうな留め具)

  • 温度の変化(例、寒い日に温かい建物から外の冷たいシュートや繋ぎ道路)

  • 光の変化(例、明るいところからくらい場所移動)

 

その他で「流れ」を乱すのは以下です。

  • 豚が動こうとする方向や周辺での人

  • 風や隙間風

  • 隙間から入る光線

  • 歩く方向にある器具、ごみ箱他

  • 大きな声や突然の騒音で、豚がその元がわからない時

  • 水たまりや排水格子

  • 光るまたは反射するもの

  • 器具やドアで慣れた色と違うもの

  • 歩く床の高さが違うとき

  • 動いたりヒラヒラするもの

  • 廊下の広さと違うペンのドア

  • 他の動物

 

動かすときの豚のグループサイズ推薦

雌種豚は個別を基本とし、気質や安全性からも、多くても5頭までとし、肥育豚は3頭から5頭のサイズが推薦されています。

 

豚を動かすときの道具は以下の写真です。 

豚の移動用ツール

実例:米国大手生産者クレメンス食品グループ
 米国養豚界のリーダーであるクレメンス食品グループ(以下クレメンス社)の福祉への取り組みについて取り上げます。ファミリーファームでの生産・減または無薬・環境・福祉を配慮した高付加価値のポーク製品群を販売するというビジネスモデルで成功しています。養豚の生産から販売までを一貫し垂直に組み合わされた豚肉生産加工販売グループであり、3部門:カントリーファミリー農場群と食品工場と運搬部門からなっています。クレメンス社の概要は経営セクション・サブセクション実例に詳しく書いています。以下クレメンス社のHPからの記事要約です。なおエピソードで紹介した福祉考慮と無薬のポーク生産はクレメンス社のブランド豚(Farm Promise)です。ここではクレメンス社の全体での福祉について紹介します。

動物福祉はクレメンス社の最優先です。厳格なコントロールを行うために以下を行っています。
 

  • FACTAという第三者による農場の動物福祉の査察を実施

  • 全チームメンバーと契約農家の全メンバーは、義務として米国ポーク生産者協議会(NPPC)作成のPQAプラス(ポーク品質保証制度)の認定を受けそれを維持しなければならない

  • 育てている動物への適切なケアをするために、チームメンバーとファミリーファームメンバーは動物福祉と動物取扱について、スキルと倫理的義務の理解を得ていて、さらに高度教育を受ける


 肥育豚を受けとる食品工場側の人も、ジョブシャドウと言われる実地体験、コンピュター画面での訓練、監督者や第三者の専門家群による実地訓練を受けています。豚を運搬するトラックの運転者は、TQA(運搬の品質保証)の訓練を受け認定されて、動物の福祉と取り扱いの実践を学びます。

 付け加えて北米食肉研究所の動物福祉委員会の動物の取り扱い基準に従い、著名な動物福祉の専門家グランディン博士、内部の獣医スタッフ、食品工場でのUSDAの獣医師とともにそれ以上を目指しています。つまり科学者そして獣医学的専門家と動物福祉の専門家とともに、クレメンス社は動物福祉のベストプラクティスを評価し、それで適応することで、証明された革新的で最適な動物ケアをしようとしています。これらの実践は、動物に対してできる限りのケアをするための法的および道徳的なコンプライアンスを保証しています。

動物ケアの高い水準は動物への敬意から始まる
 

 クレメンス社のカントリーファミリー農場は、倫理的にも道徳的にも、動物のケアについての未来のための基盤を造ることを約束し責任を果たします。農場の生計は、彼らの福祉と成績にかかっています。簡単にいうと、よいケアをすることが大切です。クレメンス社の農場群は、福祉の実践における米国養豚界のリーダーです。そのためにチームメンバーには幅広い実地訓練を与え、動物の取り扱い厳しいプロセスを決め、農場をモニターしています。クレメンス社の動物への約束と責任は、獣医学、アニマルサイエンスと畜産技術、外部第三者の動物福祉の専門家からの意見からの改善によってできています。
 

健康な豚=安全なポーク

予防を重視した個々の豚への獣医ケアと観察と健康プログラム
 

病気の予防のための厳しい農場バイオセキュリティ

 動物の飼育スタッフは、ケアのための行動規範を守り、豚の取り扱い訓練を受け、管理監督されていて、妥協のない動物福祉基準を守ります。さらに独立した機関の第三者により監査を受けます。

動物に対して正しい方法のみがその方法
 

 豚を健康に飼育し、安全なポークを生産することが、クレメンス社の一番大切なことです。クレメンス社のカントリーファミリー農場では農場獣医師がいて、動物の専門家として動物の健康維持とケアに専念しています。それには個々の動物への治療と抗生剤投与とワクチンプログラムが含まれます。データと事実と経験からできた標準作業手順があります。私たちは、安全で豊富な食料を提供するために、動物を飼育している農家にこれらの基準に対する責任をもってもらっています。結果として、社会的および環境に配慮した会社として、動物の世話をし、農場を管理する方法は信頼できます。

 私たちの家族経営の農場で育てられた豚は、個別にケア:飼料から獣医のケア、を受けています。 私たちのカントリーファミリー農場は、業界および学術のリーダーと協力して、動物の環境を最適化し、ケアの質を向上させるための革新的な方法を常に模索しています。


 クレメンス社の農場の飼育スタッフは農場内と導入豚を、安全で人道的な方法で取り扱うように訓練をうけています。農場スタッフのために広範なトレーニングと規則を守るというコンプライアンスプログラムがあり、定期的に内部および外部の監査があります。

 私たちのチームメンバー全員と生産者は、生産に関しては米国ポーク生産者協議会(NPPC)が創設したポーク品質保証(PQA プラス)と、豚の運搬に関しては、輸送品質保証(TQA)の基準をしっかりと守る必要があります。適合しない事例はすぐに対処されます。

独立した第三者による農場査察での承認

 すべての農場は、内部監査として動物の査察専門家による査察を毎年受けています。そしてすべての農場は定期的に第三者の動物福祉の監査を受けています。第三者機関は、ポーク品質保証(PQA プラス)、動物運搬の品質保証(TQA)そして米国食肉研究所による適査察を受け承認されています。

動物のケアに関しては、以下を責任ある約束としています。
 

  • 気候をコントロールできる豚舎環境を用意

  • 悪天候や外敵から守られること

  • ホルモンやステロイドは飼料添加しない

  • 成長促進剤は使用しない

  • 2022年までに妊娠ストール廃止

クレメンスのファミリー農場

米国中堅生産者シュワルツ農場(Schwartz farms)の動物福祉への取り組み

農場の概要は経営セクションにあります。

  • 従業員や周辺コミュニティそして産業界に対する約束と責任として、シュルツ農場は米国生産者協議会(NPB)が創設した「動物のケア」の原則を取り入れています。

  • すべての授業員は、農場の中でも外でもシュルツ農場の動物福祉の規則を熟知し実践します。PQAプラスに参加しその証書を得ます。業界における指導、訓練、ガイドラインや標準手順や実施を常に見直し改善します。
     

米国での実例、飼育スタッフへのアニマル・ウェルフェア農場規則と誓約書例

 

 動物飼育スタッフには飼育動物のケアに関して、個人としての道徳上も社会としての倫理上も、人道的に農業動物を取り扱う義務があります。豚に対して意図的な虐待、残酷な取り扱いや無視は決して認められないし許されません。

 動物への意図的な虐待には以下が含まれ、これ以外もあります:

  • 電気棒を動物の知覚の強い場所(例、動物の眼、耳、鼻、直腸)にあてる

  • 力まかせに殴ること、蹴ること、ひっぱたくこと

  • 動物にわざと飼料や水や少しのケアも与えない

 

 病気やケガをしている豚が、3日間連続で治療にたいして快方に向かえなければ、安楽死させるべきです。動物の安楽死は、農場の標準法によってなされるべきです。

 

 もしあなたが正しい人道的な動物ケアについて不確かであれば、あなたの監督者からの助けやガイダンスを求めるのがあなたの責任です。

もし意図的な虐待、残酷な取り扱いや無視を見かけたら、その人は即に農場の管理責任者、または農場本部か農場獣医師に48時間以内に報告すべきです。

 農場で働くすべての人で、1)豚に意図的な虐待、残酷な取り扱いや無視をしたことが見つかった人、2)意図的な虐待、残酷な取り扱いや無視を見かけたのに上記のように報告しなかった人は、即に解雇となります。

 私は上記のアニマル・ウエルフェア農場規則を読み理解し同意します。

 

 

従業員の署名                                                     日時                            

 

活字体での氏名                                                          農場の名前                            

英国流の福祉度ベンチマーキング

 

 畜産や養豚の先進国であった英国は、法規制による動物福祉への急激な変化で、大きく凋落しました。そして現在は英国の養豚界は、母豚の放牧養豚と福祉考慮の肉製品に活路を見いだそうとしています。福祉本セクションの英国の凋落を参照。

英国のレッドトラクター認証制度


 レッドトラクター認証制度は、英国農業開発委員会(AHDB)が監督し、市販の食品に高いレベルの保証を提供しようというものです。牛肉とラムが先行しています。この制度では、農場から店頭に至るまでサプライチェーンの全行程において基準を設け、独立検査機関による査察を行います。

英国のレッドトラクターブランド

レッドトラクター認証の求める基準は、以下4項目を保証するように設計されています (日本版www.ahdb.jp/red-tractor)

  • 食品の安全性

  • 動物の健康と福祉への十分な配慮

  • 環境保護

  • 食品の生産から販売までの経路を農場まで遡って追跡できること

 

 英国は、この制度の中で、農場の保証制度を設定し生産情報を提供することで、消費者が、食料生産の動物の健康と福祉へのインパクトを含めて、持続可能性かつ倫理的な選択ができるようにしようとしています。農場保証プログラムは、生産者にとっては、農場から食卓までの第三者独立検査機関によって認証された基準を満たしていることを証明できるものです。その基準には、動物の健康と福祉、食の安全、環境、さらにストックマンシップの訓練とその実力を含みます。

氷山理論と福祉度ベンチマーキング

 今までのやり方である法律での規制やその遵守査察だけでは、個々の動物での真の福祉状態を理解しようとするには限界があります。それで、実際に個々の動物を評価し、福祉状態からでてくる結果(アウトカム)を直接的に測定しようというものです。アイスベルグ(氷山)理論という、動物の福祉状態を氷山として、海面からでている部分をアウトカムとして測定しようというものです。

 英国では、リアル福祉 (Real Welfare) 制度と名付けて、農場保証認定制度の一環として、肥育豚に対する福祉基準を決め、農場の設備や環境に関わらずに、実際の豚の状態で福祉度を測定していこうとしています。そして生産者は、福祉に重点をおきつつ、その福祉度とよい成績の関係を理解できます。

 しかし、農場での福祉度の設定・測定は、実行が困難なので、素早くでき安価で簡便で、違った生産システムに対しても十分な柔軟に応用できる必要があります。数多くの動物個々の指標が試され、主成分分析の結果から、動物福祉度は、個々の豚の測定から、すくい上げることができることが分かりました。まずパイロット研究として、英国の生産者のブランドであるレッドトラクター制度の一部として、肥育農場で試用されてきました。このレポートでは、初めの4年間で実施された英国の肥育農場で5つの福祉状態からの結果(福祉度アウトカム)の主な測定値を報告します。これは、初めてでかつ長期間の国レベルでの、生産農場での福祉度ベンチマーキングです。

参考サイトは、http://pork.ahdb.org.uk/health-welfare/welfare/realwelfare/real-welfare-vets/

参考文献は、Pandolfi, F., Stoddart, K., Wainwright, N., Kyriazakis, I. and Edwards, S.A. Published in Animal; 2017; doi:10.1017/S1751731117000246.

データ

 レッドトラクター制度の中の肥育生産者に参加が要請され、2013年4月から2016年5月までに実施されました。データはAHDB(英国農業開発委員会)によって標準手法で収集されました。実際の測定は89の違った獣医クリニック所属の獣医師たちによって評価収集3か月ごとに、レッドトラクター制度の中での健康と福祉の査定時に記録されました。

 獣医師も生産者もこの制度に賛成し参加しました。この制度が始まる前にすべての参加獣医師は、予定している福祉度アウトカムの評価法についてオンラインと実践の両方で訓練されました。研究からのリストから、関係者で協議の結果、産業界として最重要として5つの評価すべき福祉アウトカムとして、以下が決定されました。なおホスピタルペンとは、外傷等の問題を持った豚を隔離保護するペンです。

 農場での豚の選択は、4段階の抽出法で行われました。第1段階は、レッドトラクター制度(英国の主流の生産農場)に登録している肥育農場であること、第2段階は、ますホスピタルペンは除外して、農場の約三分の一の豚を含めるように、ペンを無作為に選択、第3として選択したペンの豚を全部評価し、四肢問題の豚割合、ホスピタルペンへの移動が必要な豚の割合を算出されました。さらに4段階目として、無作為抽出された豚で、尾の外傷と身体表面の外傷を評価されました。なおペン内の頭数が25頭以内であれば全頭を、100頭までなら25頭を無作為に選択しました。ペンが100頭以上の場合は代表となるペンを無作為に選び、そのペンから50頭を無作為に選びました。また福祉だけでなく、農場の施設情報も記録されました。使用したデータベースは、2013年の初期時点では1108農場で9153ペンを含み、なお2016年調査時では1293農場の28247ペンの情報を含みました。

英国の動物福祉度測定

ペンにおけるエンリッチメント使用割合も以下です。

  • エンリッチメント使用割合(%)=活動してエンリッチメントを使用している頭数÷そのペンの中で活動している豚

結果

 肥育農場サイズは平均1542頭で、最大農場は24000頭でした。50%以上の肥育農場は、498から1586頭飼育です。英国の肥育農場は、90%以上が舎飼いです。英国は母豚の戸外飼育は有名ですが、肥育豚については舎飼いのようです。換気システムとしては自然換気が主で70%を超えていました。肥育用ペンのサイズは200頭未満が90%以上でした。米国でいうビッグペンの200頭以上は5.5%でした。肥育豚への飼料形態としては60%以上がペレット使用で、飼料用設備としてはホッパー使用が約8割でした。約10%が肥育豚に制限給餌をしていました。

英国の動物福祉度測定2
英国エンリッチメント

5つの福祉指標のベンチマーク

 福祉指標は、「0%」が50%以上と多い指標ですので、75%を目標値としています。ほとんどの目標値は0%です。中程度の身体皮膚の外傷のある豚の約2%はいいベンチマークと思いました。エンリッチメントというのは、頻繁には使用されてはいないようです。また表4の最大値は注目です。要ホスピタルペン移動が8.3%、四肢問題のある豚が40.5%、重篤な尾外傷のある豚25.2%とか見ると、大きな問題のあった農場と思われます。

英国の動物福祉度測定値

実施4年間の変化

 米国では「改善したいなら測定せよno measure no control」といわれていましたが、まさにこの制度でも、1年目と4年目では大きく改善されています。この研究では、福祉度のべースラインを測定し設定したかったはずですが、どうあろうと改善されているのはいいことです。また断尾していない豚が平均で24%いたと報告され、それも研究期間中に3割ほど増加していました。

季節による変化

 四肢障害の豚と要ホスピタルペンへの移動の豚、さらに重篤な皮膚の傷がある豚も春に多いと報告されています。一方、重篤な尾の外傷を持つ豚は夏に少ないと報告されています。春に比べて、秋と冬ではエンリッチメント使用豚の割合が増加しました。

その後の福祉度の変化

 

英国の動物福祉改善図

 本ベースライン設定後に実施された2018-2020年の調査では、参加農場も参加獣医も増えかつ、4つの主指標で改善されました。例えば、要ホスピタルペンへの移動豚は、平均0.07%から0.05%へ減少、四肢障害の豚は0.18%から0.15%へ減少、重篤な皮膚外傷は0.26%から0.18%です。エンリッチメント使用豚割合は0.50%から0.52%に増加しました。測定し注目するようになると、改善への意欲が高くなり、改善されるという実例です。なお重篤な尾の外傷は0.14%から0.15%に若干増加しました。断尾を実施する農場が減ったせいかもしれません。なお調査時で72%の豚が断尾していました。また中程度の尾や皮膚の外傷については2018-2020年には報告されていませんでした。測定することで改善傾向にあるようです。

エピソード、四肢問題を早く見つける新技術

 米国北カロライナ大学のDr Monique Pairis-Garciaは、PigProgress(2022-9-20)に以下の記事を寄稿しています。最近の研究で、母豚の耳タグ加速度計で、なんと専門家が、目視で四肢問題を発見する 14 日前に四肢問題の兆候を発見することができたそうです。

https://www.pigprogress.net/health-nutrition/health/how-can-precision-farming-tackle-sow-lameness/

 

 四肢問題(跛行)は、母豚の痛みを引き起こし、母豚の健康と生産性に長期的な影響を与える健康状態に悪影響を及ぼします。 米国では、四肢問題は殺処分の 3 番目に多い理由であり、農場での淘汰または安楽死の 10 ~ 20% を占めています。 多くの医薬品が効果的に関節腔に到達せず、治療が行われるまでに状態が深刻であることを考えると、四肢問題は早期の診断と治療が困難です。農場での重要なニーズは、状態が軽度で母豚がまだ効果的に動けていて、治療できる初期段階で四肢問題を特定することです。これを行うために、一部の農場はスマート技術を豚舎の目として利用し、四肢問題を示す行動を特定するのに役立てています。

 四肢問題スコアを自動的に測定する技術には、圧力マット、フォースプレートシステム、加速度計があります。プレッシャーマットは四肢の異常を視覚的に示すマップを提供し、フォースプレートシステムは四肢による体重分布の変化を検出し、加速度計は活動、例として踏み込み行動の頻度を測定することができます。

 最近の研究では、母豚の耳タグ加速度計が、四肢問題を判断するための行動として活動性を利用できることがわかりました。活動量の多い母豚は、活動量の少ない母豚よりも四肢問題スコアが低いことを示しました。さらに重要なことは、加速度計のデータは、目視で四肢問題を検査する人が、問題を発見する14 日前に問題の兆候を発見することができたということです。この種の技術は、母豚をより長く繁殖群にとどめるために、早期介入と治療を改善する大きな可能性を持っています。

欧州の養豚福祉規制

 

欧州では、養豚での福祉への規制が強まっています。

妊娠ストール

2013年から、欧州では交配してから4週間後から分娩予定1週間前までは、グループ飼育が義務となりました。

 

スペース

6から40頭の母豚グループ飼育では、産次0豚で1.64 m2/豚、経産豚で2.25 m2/豚のスペースが義務となりました。また肥育豚でも表に示すように飼育面積に規制がかかりました。欧州のスペースの規則は厳しく、欧州ではコスト増になっていると思われます。

 

すのこ床

すのこ床の隙間は、離乳前子豚で11 mm; 離乳後から10週齢で14 mm; それ以上の大きさで20 mmです。すのこ床の幅は、10週齢前は50 mmでそれ以上は80 mmです。福祉規制が厳しい。ドイツやフランスでは母豚数が減ってきました。

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離乳日齢

 2013年の福祉規制で離乳は28日例以上とされています。授乳期間28日になると年間母豚回転数は、2.4は不可能になります。詳しくは繁殖ページを。分娩時子豚頭数を増加させないと、母豚生産性指標である年間母豚当り離乳頭数が低下します。なこの規制では例外規定があり、母豚からの感染を最小にする目的で、分娩舎から離れた場所で空白期間に掃除・消毒済みの専用の離乳舎への移動だと最低21日齢となっています。平均では約24日齢となるでしょう。

 

分娩クレート

 欧州ではケージフリー(Cage Free)と言って、ストールだけでなく、分娩クレートも廃止すべきという動きがあります。妊娠ストールについて妊娠中期での使用は禁止されましたが、今度は分娩クレート柵の廃止が注目されています。フリー分娩ペン(Free Farrowing)やルースハウジング (Loose housing)として、クレート柵なしのペン飼育も試用されています。これでは母豚は自由に動き回れるのですが、子豚が母豚からの圧死のリスクが高いという問題があります。子豚の安全性を上げ、母豚を動き回れるようにする最も有力な設備は、クレート柵の横バーが開く横柵のスイング方式ペンswing-sided pens(図2と3)です。それは哺乳後1週間後にクレート柵の横バーを開けて、母豚が動き回れるようにしたものです。

 

去勢

 去勢にも規制の動きがあります。例えば、フランスは2022年1月以降、痛みの管理なし、つまり麻酔なしでの雄子豚の去勢手術を禁止しました。去勢なしまたは免疫去勢 (化学的去勢)での雄豚の生産は、代替手段です。

生後1週間以内の雄子豚の去勢は、豚肉および豚肉製品の雄臭の発生を避けるために行われてきています。雄豚が約180日で性成熟に達すると、スカトールとアンドロステロンというホルモンが分泌され、人が豚肉や豚肉製品を食べるときの不快な臭い(雄臭)の原因となります。

 欧州では去勢が依然として主流であり、2020年に屠殺された豚2億5,800万頭の約31.5%を占めています。去勢なし雄豚の生産量は4,500万頭、つまり屠殺豚の17%と推定されています。 免疫去勢は EU の屠殺の約 1% です。フランス以外の主要養豚各国の状況は以下です。

 2021年以降、ドイツでの去勢手術は通常イソフルランガスを使用した全身麻酔下でのみ許可されており、農家自身が去勢手術を行うことができます。

 オランダでは、動物福祉関連の品質ブランド「Beter Leven」と密接に関係し、去勢無し雄豚 540 万頭が生産されています。 CO2を使用した全身麻酔による去勢手術が子豚に行われています。

 デンマークにおける去勢無し雄豚の生産量は 7%を占め、主に国内市場向けです。 生産者は、去勢なし雄豚の分析と仕分けの費用をカバーするために、1 頭あたり3.50 ユーロの手数料を支払います。残りの雄豚(93%)は局所麻酔下で去勢されます。なお輸出に依存している企業は、去勢なし雄豚の肉を受け入れません。

 スペインでは、動物福祉の問題が懸念される前から、去勢なし雄豚の産がすでに一般的でした。豚の出荷日齢が若く屠殺重量が軽いため、豚肉に豚の臭みが付着するリスクは最小限だからです。出荷豚が重いイベリコ豚のみが去勢されており、全国供給量の7%を占めています。

 

断尾

 フィンランドとスウエーデンでは断尾は禁止されています。他の欧州の各国では、悪癖である尾かじりの問題を抑制するために断尾、つまり子豚の尻尾の一部を若いうちに切る習慣が行われています。 これにより噛まれるリスクは軽減されますが、切断時に痛みが生じます。 また、断尾によって引き起こされる尾の神経の損傷により、豚の残りの生涯にわたる後遺症が残る可能性があります。欧州の現状では断尾は禁止されていないが、日常的な断尾は避けなければならないとされています。

エピソード:ドイツ福祉規制と生産者の苦悩

 ドイツの養豚農家は2029年2月9日までに、繁殖雌豚を個別に飼育することはできません。一時的にストール等を利用できるのは、授精時、検査や治療の場合のみです。2024年2月9日までに、どのようにするかを説明した計画を提出し許可が得る、または廃業するか決める必要があります。廃業するとした農家は2026年2月9日までに廃業する必要があります。

 さらに、新しい規制では、未経産若雌豚、病気雌豚、および淘汰予定の雌豚に、全繁殖サイクルの間、1頭当り5 平方メートルのスペースが必要です。 この規制によって、繁殖農場の大規模な改修が必要となります。新しい法律は、今日建設される建物にすでに適用されています。

 群れのサイズを減らす必要がなく、生産者の間で最も受け入れられている解決策は、屋外放し飼いゾーンの追加です。 ただし、そのためには建築確認を取得する必要があります。

 屋外での飼育舎を追加するのが最も簡単な解決策と考えられていますが、それに伴うコストがあります。コンクリートの床とスラリーピットに加えて、屋外エリアは日光、雨、雪から雌豚を保護するために完全に屋根が付けられ、開いた側壁には防風ネットが取り付けられる必要があります。建築コンサルタントによる見積もりによると、建設コストは 1 平方メートルあたり最低でも 350 ~ 450 ユーロと推定されています。

出典:PigProgress Friday 10-11-2023, https://www.pigprogress.net/pigs/sowsboars/germanys-sow-farms-face-big-reconstruction/

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